性癖を理解したあと、わたしの中で起きている変化
■ 感情の“兆し”が、はっきり分かるようになった
性癖を理解する前のわたしは、
自分がどれくらい疲れているのか、
どれくらい無理をしているのかを、
ほとんど感じ取れていませんでした。
でも今は、
自分の精神状態や、抑圧の溜まり具合を
以前よりもはっきり感じ取れるようになっています。
たとえば、
窒息系の苦しい性癖プレイをしたくなるとき。
それは決まって、
ストレスや抑圧が強く溜まっているときでした。
逆に言えば、
「窒息系の性癖プレイをしたい」と身体が反応したとき、
「あ、今かなり抑圧が溜まっているな」
と判断できるようになったのです。
これは、とても大きな変化でした。
■ 性癖に頼る前に、休むという選択ができるようになった
以前のわたしなら、
性癖プレイをしたい衝動が出たとき、
それをどうにか叶えようとしていたと思います。
でも今は、
窒息系の性癖プレイは
ひとりではできない行為だと理解しています。
だから無理に求めるのではなく、
まず休息を取る、という選択ができるようになりました。
・ご飯をしっかり食べる
・栄養を入れる
・たくさん眠る
・自律神経を整える
休めないときは、
仕事を必要以上に入れない。
作業量を意識的に減らす。
「頑張る」ではなく、
「守る」という判断ができるようになったのです。
抑圧になる物事への感度が、
とても敏感になったと感じています。
■ 回復していく感覚を、実感できた出来事
あるとき、
仕事の集客がうまくいかない日が
3日続いたことがありました。
身体はしんどく、
気持ちも落ち込んでいて、
以前のわたしなら、
睡眠時間を削ってでも作業量を増やし、
無理やり状況を変えようとしていたと思います。
でもそのときは違いました。
4日目から、
思い切って3日間、仕事を休みました。
とにかく眠る。
栄養のあるものをたくさん食べる。
回復することだけに集中しました。
すると、
休み明けの仕事では、
目標値を超える集客につながったのです。
「休むことは、後退ではない」
そう、身体で理解できた出来事でした。
■ 性癖は「常に必要なもの」ではなかった
性癖を理解してから、
もうひとつ大きく変わったことがあります。
それは、
性癖そのものが
【必要なとき】と【必要でないとき】に
はっきり分かれたことです。
抑圧やストレスが強いときは、
窒息系の性癖プレイをしたいと
身体が反応します。
でも、
抑圧がない状態のときは、
別の形でのプレイや、
ただ安心できるセックスを求めるようになりました。
むしろ、
抑圧がない状態で窒息系の性癖プレイをすると、
それ自体がストレスになることもあります。
わたしは、
窒息系の性癖が
無条件で「好き」なわけではなかった。
必要なときに現れる反応だったのだと、
気づくことができました。
■ 衝動は「外に向いているサイン」だった
性癖プレイをしたいという衝動が出たとき、
今のわたしは、こう考えます。
「あ、今、意識が外側に強く向いているな」
外からの刺激で、
内面を整えようとしている状態。
だからこそ、
自分の内側を見る。
向き合う。
「この抑圧は、どうやったら緩められるだろう?」
そう考える余地が生まれました。
性癖に振り回されるのではなく、
性癖を通して
自分の状態を知ることができるようになったのです。
■ それでも、消えない自分がいる
窒息系の性癖プレイを必要とする自分が、
これから先、完全に消えるとは思っていません。
そして、
消えなくていいとも思っています。
まだ、
「こんな自分でもいい」と
他者を介して確認したくなるときがある。
苦しさや辛さを、
言葉ではなく、
身体でしか表現できない自分も、
確かに存在しています。
それも含めて、
わたしなのだと思います。
■ 過去のわたしへ
抑圧やストレスの昇華方法として、
窒息系の性癖プレイを選んでいたわたしへ。
それをすることで、
なんとか踏ん張って生きていたわたしへ。
苦しい状態を、
あえて苦しいまま体験することで
楽になろうとしていたわたしへ。
気が済むまで、していい。
気が済んだ先にしか、答えはない。
「気が済むまで向き合う」こと自体が、
自分と向き合っていた証だったのだから。
■ 性癖は、誰の問題なのか
性癖を持っている人。
自分に性癖があると自覚している人。
パートナーが性癖を持っている人。
その性癖に付き合っている人。
いろいろな立場があります。
わたしは、
性癖はその持ち主自身の問題であり、
課題だと考えています。
だから、
パートナーが無理をしてまで
付き合う必要はありません。
性交は、本来、
安心と気持ちよさのある行為だから。
性癖を持っていること自体は、
悪いことでも、
直すべきものでもない。
けれど、
困惑していたり、
ネガティブに捉えているとしたら、
それは
「おかしな性癖」なのではなく、
まだ整理されていない感情が
そこに残っているだけなのかもしれません。
